妖精データベース
トロール
Illustrator : SHIZ
- 名称 トロール、トロル(Troll)
- ※トロルド(Trold)(女性のトロルはトロレッセとも呼ばれる)
- 別名 ドロー、ベルク・フォルク、フォッデン・スケマエンド
- 分類 巨人の妖精
- 生息地 人里離れた森の中や丘陵地帯、古代の古墳
- 特徴 夜行性、日光に当たると岩になる
- 体長 非常に巨大。小さなトロールも増殖
巌のごとし大きな体に、大自然の脅威が眠る。
トロールとは―森の奥に住む巨人の妖精―
トロールを見たことがあるだろうか。妖精というよりは、妖怪や怪物としての印象をもっている人もいるだろう。しかし、そんなトロールも実は妖精の一種なのだ。
この妖精は、一目見ただけでトロールだと分かる姿をしている。並外れた筋肉を蓄えた、山のように巨大な体躯が目印だ。昔の人々はその巨体を、「体から松の木が生えて、森ができる」という言葉で表現したほどだ。
髭と髪の毛はまるで未開の森林のようにぼさぼさで、まったく手入れがされていない。顔の中でも大きな鼻がひと際目立ち、仰向けで寝ているときは毛むくじゃらの顔から鼻の頭だけがのぞいていることもしばしばだ。手足は短く、ずんぐりとした体型をしており、個体によっては背中に大きな石のようなコブがみられることもある。
一般的に、トロールは不格好だと言われている。確かに普段の彼らはまるで自然に転がる岩のようで、自分たちの見た目には無関心。トロールの真の姿が見られるのは、彼らが心を許した人だけだ。
ただし、「トロレッセ」とも呼ばれる女性のトロールたちの中には、美しい赤毛を持ち、人間とよく似た容姿の個体も存在する。特にノルウェーでの目撃情報が多い。
また子供のトロールは、まだ髭もなく髪もぼさぼさではない。大人のトロールからは想像がつかないほど、チャーミングな見た目なのだ。
それに、今ではトロールの種族によって、いろいろな大きさの個体がいる。巨大な種族は小山と見間違うくらいのサイズから、なんと、両手に抱えられるほどの大きさしかないトロールもいるのだ。
住処になる森の場所に合わせて適応していき、近年ではトロールの小型化が進んでいるという。
トロールの住処にも注目してみたい。トロールは太陽が苦手。そのため薄暗い森の奥や藪の中に、小さなコミュニティを作って住んでいる。森で迷って偶然見つけた家が、実はトロールの住処だったという話も珍しくない。
もしトロールたちを見つけても、刺激したり驚かせたりしないこと。森に行くのであれば、太陽がさんさんと降り注ぐ晴れた日がおすすめだ。トロールは、日の光に当たると岩になってしまう。太陽が沈むまでその場から動けず、固まったままなのだ。
もし「こんなところに岩なんてあったかな?」と思ったら、それは逃げ遅れたトロールかもしれない。岩には意地悪をせずに、そっとしておくのがいいだろう。
森や岩、あるいは丘など、陸地のイメージが強いトロールだが、意外なことに海に住む仲間も存在する。海のトロールは「ハウトロール(ハウトロル)」と呼ばれ、日光を避けるように海底で暮らしている。彼らの住処は、無数の真珠で彩られた豪奢な宮殿だ。
トロールが恐れられる理由
トロールは、多くの人に恐れられている森の住人。その理由の一つが、彼らが人間を誘拐する習性があるということ。うわさによると、トロールは人間の子供などを連れ去って、身の回りの世話をさせるのだとか。
トロールは常に自分たちの食事を準備したり、洗濯をしたり、赤ちゃんトロールのお世話をしたりする人間を探している。トロールは子供をさらうと、代わりにその家の前に偽の子供を置いて帰ってしまう。
もしも我が子の様子が急におかしくなったり性格が変わったりしたように思えたら、その子はトロールが入れ替えた子供かもしれない・・・。
また、トロールは自分たちの欲求に正直。そのため、村の家畜を襲って食べたり、畑に実った農作物を根こそぎ持って行ったりすることさえある。森の近くにある畑が夜の間に荒らされたら、トロールが食料を探しにやって来た証拠。
村にある美味しい食べ物は、人間だけでなくトロールにとってもご馳走なのだろう。鼻が利く彼らは、遠くにいる家畜やわずかな食べ物の匂いでも嗅ぎつけて、ご馳走にあずかろうとやってくるのだ。
こうしたトロールによる被害から身を守るため、昔の人々は子供や家畜にヤドリギの枝を身に着けさせた。トロールたちはこの植物をひどく怖れており、近付こうとしないためだ。ヤドリギは、「神が宿る木」として古代ケルトの神官たちから神聖視されていた特別な木である。
おぞましく思われているトロールも実は、人間とコミュニケーションをとるのが苦手なだけ。そのため、思いやりや優しさに欠けていると感じる人も多い。彼らと上手く意思疎通できないために、彼らの行動が理解できず、「何をしでかすか分からない野蛮な妖精」というイメージが付いてしまった。
森を護り、人と交流するトロールたち
恐ろしい一面があるトロールだが、中には「トロールがいたおかげで助かった」、「トロールに助けられた」という話もある。
トロールは森に住み、力持ちであるということをお伝えしたのを思い出してほしい。
昔むかしとある国に、敵国の兵士たちが侵入してきたことがあった。兵士たちは見つからないように、夜中にトロールがいる森を抜けようとした。しかし、国を侵略するということは森を破壊するのと同じこと。
自分たちの住処である森を荒らされたトロールは怒り、兵士たちに岩を投げつけ、馬を攫ってしまった。命からがら逃げだした敵国の兵士たちが、その後再び国に侵入してくることはなかったという。図らずも、トロールは国を守る役割を果たしてくれたということだ。
また、この妖精は薬草に大変詳しい。森の中でケガをしたり病気になったりした時、トロールが助けてくれたという体験談もある。トロールが調合してくれた薬草には特別な力があるから、誰でも一瞬で元気になってしまうのだ。最近は、心優しいトロールがたくさん見られるようになった。ジブリアニメやディズニー映画にも、可愛らしいトロールが描かれている。昔と比べて、人間とトロールの距離が近づいた証拠なのだろう。
さらに、スコットランドの「シェットランド諸島」には、愛すべきトロールの一族が暮らしている。人々から「ヘンキー」という愛称で親しまれる彼らは、ダンスと音楽が生きがいの陽気なトロールで、見た目も身長も我々とさほど変わらない。
人間に好意的なヘンキーのトロレッセたちの中には、良き伴侶を見つけようと夜な夜な人々の催すダンスパーティーへと繰り出すものもいる。
しかし彼女たちの踊りは、足を引きずるように舞ったかと思えば膝を抱えて高々と跳び上がってみたり、大声で歌ってみたりととにかく個性的。人目を気にせず全力で踊るヘンキーに声をかける度胸のある男性は少なく、なかなか良縁には恵まれないようだ。
言葉が通じず、野蛮で恐ろしい妖精と思われがちなトロール。しかし上手に付き合えば、人間のよき相棒になってくれる。もし偶然トロールに遭遇したら、ゆっくりと心の距離を近づけていこう。
トロールの舌に乗って絶景を眺めよう
この記事の始めに、トロールは日の光に当たると岩になることを述べた。ノルウェーでは、実際に岩になってしまったトロールを見ることができる。
オッダという町にある「トロルの舌(Trolltunga)」は、地上700メートルの断崖絶壁から突き出た岩盤。その岩盤はまさに、岩になってしまったトロールの舌そのもので、ベロンと突き出た舌の上には実際に乗ることができるのだ。
そこから下を見ると足がすくむ、恐怖のスポットとして知られている。「トロルの舌」は、夏の期間に訪れるのがおすすめ。ここから臨む夏の景色は、他では見られない絶景だ。
そして雨が降る日は、太陽が隠れてトロールが元の姿に戻ろうとするので注意が必要。トロールのよだれで足元が滑るので登らないでおこう。
ちなみにアイスランドにも、3匹のトロールが岩と化した「レイニスドランガル(Reynisdrangar)」が存在する。レイニスドランガルは、海から突き出た巨岩群。夜のうちに船を停めきれずに、朝日を浴びてしまったトロールたちの姿だ。うっかり者のトロールたちは観光名所に今日も佇み、訪れた人々の目を楽しませている。
Tips
トロールたちが森の奥のような寂しい場所で暮らす理由には、大きな音が苦手なことも挙げられる。彼らは騒がしい音や教会の鐘の音を嫌う。人が少なく教会の鐘の音も届かない静かな森は、トロールたちの安らぎの場なのだ。
― 関連書籍 ―
- 井村君江(2000)『妖精とその仲間たち』― 河出書房新社
- エドゥアール・ブラゼー著/松平俊久監修(2015)『西洋異形大全』― グラフィック社
- 井村君江(2008)『妖精学大全』― 東京書籍
- キャロル・ローズ著/松村一男監訳(2003)『世界の妖精・妖怪事典』― 原書房
- 草野巧著/シブヤユウジ画(1999)『妖精』― 新紀元社
- K.ブリッグズ著/井村君江訳(1991)『妖精の国の住民』― ちくま文庫
- 粉川光葉(2013)『北欧文化圏に伝承される超自然的存在“トロル"像の変遷―ノルウェーとアイスランドの民間説話を中心に―』