妖精データベース
クー・シー
Illustrator : 白野アキヒロ
- 名称 クー・シー(Cu Sith、Ce Sith)
- 別名 フェアリー・ドッグ、妖精犬
- 分類 妖精のペット
- 生息地 妖精と人間の世界との境界線、妖精界の大岩の裂け目
- 特徴 緑色の被毛に大きな体
- 体長 1歳の子牛
今日も妖精たちの安寧を守る
クー・シーとは―緑色の毛をもつ犬型の妖精―
クー・シーは、他の妖精たちを守る妖精である。犬の姿を取り、番犬として活動している。彼らの体は大きく、1歳程度の子牛と見間違うほどだ。
この巨大な体は、長くてふさふさの被毛で覆われているため、より一層迫力が増して見える。クー・シー自慢の長いしっぽは、個体によってクルンと丸まっていたり、縄のように編まれていたりと様々だ。
クー・シーの足は、音を一切立てずに移動することが可能。どんな悪路であろうとも、彼らはまるで空中でも移動しているかのようにスムーズに無音で歩く。しかし、クー・シーの通った後には、人間の手のひらサイズの巨大な足跡がしっかりと残されているのだ。
そして、クー・シーの一番の特徴といえば、緑色の被毛を持っていることだ。通常、妖精界の犬たちは、「白い被毛に赤い耳」や「真っ黒い被毛」であることが多い。その中で、クー・シーの独特の毛色はひときわ目を引く。鮮やかな緑の毛並みは、夏の森のような豊かさを感じさせる。
アイルランドやスコットランドの言い伝えによると、緑色の物は妖精の世界へとつながっているという。例えば、「緑豊かな森」は妖精の世界とのつながりが強く、「エルフ」や「トロール」など多数の妖精が棲んでいる。クー・シーもまた、緑色の毛をまとっていることで、妖精の世界と私たちの世界を行き来することができるのだ。
クー・シー(Cu Sith)という名前の言葉は、アイルランドで使われている「ゲール語」と呼ばれる言語。 日本語にすると、「Cu(犬の) Sith(妖精)」となる。
ちなみに、猫の妖精「ケット・シー」であれば「Kait(猫の) Sith(妖精)」と書く。「シー」を名前に含む、他の妖精も探してみると良いだろう。
妖精の世界を守る存在
クー・シーは他の妖精を守る存在として、妖精たちから頼られている。妖精の世界と人間界の間(境界)に住んでいて、普段は鎖につながれている。人がペットを飼うとき、防犯対策用に番犬となれる犬が選ばれることがあるように、クー・シーもまた、妖精たちの世界を守る番犬として部外者を遠ざけているのだ。
クー・シーは基本的にはおとなしい性格なので、攻撃的でない人に対して危害を加えることはない。
ところが時たま、山の奥深くや、妖精たちが夜な夜なダンスパーティーを楽しむ丘など、妖精の世界へつながる場所に迷い込んでしまう人がいる。そんな時には、見えない場所からうなり声で人を威嚇し、妖精界へ足を踏み入れないようにしているのだ。もしも、クー・シーの警告を無視して妖精の世界に近づきすぎてしまった場合には彼らも容赦しないので、そこは十分注意するのがよいだろう。
ちなみにクー・シーは、番犬としてだけではなく、妖精たちのパートナーとしても働く。狩猟犬として妖精の狩りの供をすることもあれば、「ミルク盗み」の手伝いをすることもある。
妖精は、人間が飼育している牛の乳を搾り、新鮮なミルクをこっそりと持ち帰る「ミルク盗み」を行うことがあるのだが、この手伝いにクー・シーも駆り出されるのだ。子牛のように立派な体格のクー・シーなら、桶一杯に絞ったミルクも軽々と運べることだろう。
人に危害を加えることもある
最後に、クー・シーの危険性についても紹介しておこう。クー・シーはあくまで妖精の番犬であり、必ずしも人間の味方であるとは言えないのだ。というのが、「クー・シーが人間の母親を誘拐した」という史料が残っている。その目的は、妖精の子供たちにミルクをあげるため。
たくさんの妖精が生まれた年には大勢の乳母も必要となるため、クー・シーは出産を終えたばかりの女性を連れ去ってしまうのだ。
この時、彼らは必ず雄叫びを3度轟かす。犬の姿をしていても、クー・シーは妖精。その声は動物である犬の声とは全く異なり、地鳴りのような恐ろしさ。何百キロと離れた海の向こう岸まで響き渡るのだ。
もしも、この鳴き声を聞いたら3度目が終わるまでに赤ん坊を連れた女性を家の奥に隠してほしい。クー・シーは一瞬で世界を移動し、女性をさらっていくだろう。
今のところ、「誘拐された女性が、また戻ってきた」という話は、残念ながら報告されていない。クー・シーの民話が多く伝えられているアイルランド周辺では、「子供を産んだ女性はそのまま死の世界へと連れ去られる」と言われている。クー・シーが時々見せる、死神のような一面だ。
猫型妖精、ケット・シー
犬型の妖精クー・シーと、併せて知っておきたい妖精の種族がある。それは、ケット・シーと呼ばれる猫型の妖精だ。ケット・シーの体は黒い毛並みで覆われていて、胸には白いマークがある。
しかし普通の猫と同じように振舞うので、私たちの目には見分けづらい。妖精界を守るクー・シーと違い、ケット・シーは、自分たちの王国を作って暮らしている。王国は「ケット・シーの王様」を中心に成り立っていて、数多くの個体が妖精界と人間界を行き来しながら毎日を送っている。
彼らが人間界へ来るときは、私たちの様子を探るとき。誰もが隠しもっている秘密や、近所で噂されていることなど……。私たちがどのような暮らしをしているのか、ケット・シーにはすべてお見通しなのだ。
ケット・シーのような猫を見つけて興味を惹かれても、無理をして後を追わない方がいいかもしれない。追いかけるのに夢中になって妖精の世界へ近づきすぎると、クー・シーに吠えられてしまうだろう。
― 関連書籍 ―
- キャロル・ローズ著/松村一男監訳(2014)『世界の妖精・妖怪事典』― 原書房
- 草野巧著/シブヤユウジ画(1999)『妖精』― 新紀元社
- トニー・アラン著/上原ゆうこ訳(2009)『ヴィジュアル版 世界幻想動物百科』― 原書房
- 日本民話の会外国民話研究会翻訳(2009)『世界の犬の民話』― 三弥井書店
- 井村君江(2008)『妖精学大全』― 東京書籍
- エドゥアール・ブラゼー著/松平俊久監修(2015)『西洋異形大全』― グラフィック社