妖精データベース
ケット・シー
Illustrator : にらろーる
- 名称 ケット・シー(Cait Sith)
- 分類 猫の妖精
- 生息地 市街地、民家、森林など
- 特徴 人語を操る、二足で歩く
- 体長 一般的な猫と見分けが付かないか、大きいものでは大型犬程度
賢い猫妖精は人語を操り二足で歩く
ケット・シーとは―人語を操る猫の妖精―
彼らは、世界のどこかに自分たちの王国をもっているという。王国でのケット・シーたちは、人間と同じように服を着て、社会生活を営んでいる。人の言葉を話すのは、主に国家間の情報をやり取りするためだ。聡明なケット・シーの中には、二か国語以上を操り、王国の外交官として活躍している者もいる。
その一方で、普段は王国の外で気ままに暮らしているケット・シーも少なくない。飼い猫や野良猫など、普通の猫に紛れて生活をしているケット・シーたち。彼らが人に対して自ら正体を明かすことはほとんどない。飼い主をはじめ、人間の前で人語を話すことも稀である。
我々が、ケット・シーと普通の猫とを見分けることも難しい。彼らの見た目は、一般的な猫とさほど変わらないのだ。ケット・シーには、「胸元に白い飾り毛を蓄えた黒猫」が多いといわれているが、実際には普通の猫のようにさまざまな毛色の個体が存在する。
しかし、ケット・シーの王国でしか見られない彼らの「真の姿」は特徴的だ。彼らの背中は急カーブを描くように大きく丸まり、全身の被毛は常に逆立っている。大型犬のような大きさのケット・シーもいれば、驚くほど耳や尻尾が長いケット・シーも、全身が深緑色をしたケット・シーもいる。
彼らはこうした特徴を、人前では上手く隠しているだけにすぎないのだ。実はケット・シーは二足歩行も得意なのだが、やはり人前では四本足で歩いて普通の猫を装う。人間の目がない場所では、堂々と二足で歩き回っているはずだ。あなたの家の猫や、近所で見かける野良猫も、もしかしたら……。
妖精であるケット・シーの寿命は、普通の猫や人間などと比べると遥かに長い。しかし、決して不死というわけではない。老衰で亡くなることもあれば、不幸にも動物に襲われて命を落としてしまうケット・シー も存在する。 彼らは仲間を失うと、人と同じように葬儀を行い死を悼む。ケット・シーたちを束ねる王様の葬儀はとりわけ盛大で、世界中から多くのケット・シーが駆けつけるという。
王様の亡骸は棺に納められ、薪に灯された炎で火葬される。その際には、王の権力を象徴する王冠と、宝石で彩られた王の杖(王笏)も共に燃やされるのだ。このケット・シーの葬儀は人間の墓地で執り行われることもあるようで、ヨーロッパを中心に 目撃談が報告されている。
ケット・シーたちの裁判
ケット・シーたちが築き上げた国がどこにあるのか、正確なことは分かっていない。彼らは、自分たちがケット・シーであることを絶対の秘密としている。だから、人間を王国にわざわざ招待することはほとんどないのである。
ただし、ケット・シーをいじめたり、無礼な態度をとったりした者は別だ。そのような者は彼らの王国に連れていかれる。これは招待ではなく、連行に近い。ケット・シーの王国に連れていかれた人間は、そこで裁判を受ける。
無罪とされれば、猫を大切にするように諭された後に戻ることができるが、有罪の場合は長い間、ケット・シーの王国で働かされてしまうのだ。
このケット・シーたちの裁判を、猫の国ではなく自宅で目撃した人物もいる。 ある牧夫が、家畜に与えるカブ(蕪)を鍋で煮込んでいた。几帳面な彼は、煮込んだカブがさらにやわらかくなるようにと、鉄のフタと大きな石で重しをした。
そこに1匹の猫がやってきて、重しを軽々と払い落とすと、鍋の中のカブをすっかり食べてしまった。 「このカブ泥棒め!」 丹精込めて作った飼料を台無しにされた牧夫は、猫の尻を一度だけ木の棒で叩いて追い払った。
しばらくすると、牧夫のいる台所に猫たちがゾロゾロと集まり出した。最後に一際大きな黒猫が入ってきて、猫たちの中央に座り込んだ。 そこに先ほどの「カブ泥棒」の猫が進み出て、牧夫をチラチラと見ながら黒猫に何かを訴える。
牧夫には、猫たちの言葉は分からない。しかし彼らの雰囲気から、猫を叩いた自分が裁判にかけられているのだと察して怖くなった。 猫語で散々話し合っていた猫たちだったが、突然、大きな黒猫が立ち上がると静けさが訪れた。
黒猫は「カブ泥棒」の猫を一度だけポンと叩くと、悠然と台所を出て行く。他の猫たちもその後に続いた。牧夫は、無罪となったのだ。 おそらく大きな黒猫は、「牧夫は真面目に仕事をしていただけ。邪魔をしたのはいたずらな猫の方だ」と考え、牧夫に罪はないと判断したのだろう。ケット・シーは厳しくも、公平な裁判を行っているようだ。
恩に報いる礼儀正しい一面も
罪を犯した者に対しては厳しい裁きを行うケット・シーたち。しかし、彼らは基本的に争いごとを好まず、恩には恩で報いる礼儀正しさも持ち合わせている。 今度はケット・シーの礼儀正しさを記した、アイルランドのエピソードを紹介しよう。
ある寒い冬の夜、老婆がひとりで糸を紡いでいた。すると、玄関の扉を叩く音がする。続けて、高く震える声が聞こえてきた。「道に迷ってしまい、寒くてたまりません。子どももいるの。どうか少しだけ、家の中に入れてくれませんか」若い母親が困っていると思った老婆が扉を開けると、そこにいたのは3匹の黒猫だった。
1匹は、胸元の白い飾り毛が上品な大きな猫、あとの2匹は愛らしい子猫だ。3匹は家の中に入ると、暖炉の前に寝そべりだした。 人の言葉を話す猫に大いに驚いた老婆だったが、「ゆっくりしておいきなさい」と、温めたミルクを猫たちの前に差し出した。
1時間ほど経った頃だろうか。大きな猫は、先ほどよりもしっかりとした声で老婆に告げた。 「親切なおばあさん、本当にありがとう。でもね、今夜はもうお眠りなさい。これからここで、妖精たちが集会を開こうとしているわ。人間のことが大嫌いな妖精たちがね。もしも夜更かしをして彼らと出会ってしまったら、貴女は命をとられてしまうことでしょう」 そう言うと3匹の黒猫は老婆に別れを告げ、夜道へと駆け出した。
猫たちが寝そべっていた場所には、老婆が半年以上暮らせるだけの銀貨が残されていたという。
義理堅いケット・シーにまつわる逸話はこれだけではない。イタリアにも、自分たちの世話をしてくれた娘を王子との結婚に導いたケット・シーたちの話が残されている。 ケット・シーは、自分たちに好意的な人物に対しては心を開く。さらに、幸福をもたらしてくれる招き猫のような側面もあるのだ。
猫の集会に混じるケット・シー
夕方から夜にかけて、何匹もの猫たちが広場などに集まっていることがある。彼らはそれぞれ1メートル程度の距離をおきながら、ひたすら黙って思い思いの時を過ごしている。 俗に「猫の集会」と呼ばれるこの現象は、猫たちの奇妙な習性として有名だ。
なぜ猫たちは、このような集会を開くのだろうか。
- 1.顔合わせのため
- お互いの縄張りを確認しあったり、新入りの猫を紹介したりするため。
- 2.情報交換のため
- 狩りがはかどる場所や、人から餌をもらえる場所、危険な場所など、互いが持つ情報を交換するため。
- 3.涼むため
- たまたま涼しく開けた場所があり、そこに自然と猫が集まったため。複数でいることによって、外敵から身を守っているという説もある。
このように、猫が集会を開く理由はいくつか考えられているが、明確なことは未だ解明されていない。 どこか不思議で魅力的な雰囲気のある猫の集会だが、実はケット・シーが混じっていることもあるという。
猫の集会を見かけたら、遠い場所からこっそり耳を傾けるのもよい。もしかすると、飼い主や人間に対するケット・シーたちの愚痴が喧しく聞こえるかもしれない。
― 関連書籍 ―
- エドゥアール・ブラゼー著/松平俊久監修(2015)『西洋異形大全』― グラフィック社
- キャロル・ローズ著/松村一男監訳(2003)『世界の妖精・妖怪事典』― 原書房
- ヘンリー・グラッシー編/大澤正佳・大澤薫訳(1994)『アイルランドの民話』― 青土社
- 池上正太著(2013)『Truth In Fantasy 89 猫の神話』― 新紀元社
- クリエイティブ・スイート編(2010)『妖精・精霊がよくわかる本』― PHP研究所
- 井村君江(2008)『妖精学大全』― 東京書籍
- トニー・アラン著/上原ゆうこ訳(2009)『ヴィジュアル版 世界幻想動物百科』― 原書房
- アンナ・フランクリン著/ポール・メイスン画/ヘレン・フィールド画/井辻朱美監訳(2004)『図説妖精百科事典』― 東洋書林
- 草野巧著/シブヤユウジ画(1999)『妖精』― 新紀元社
- ローズマリ・エレン・グィリー著/荒木正純・松田英監訳(1996)『魔女と魔術の事典』― 原書房
- キャサリン・ブリッグズ著/石井美樹子・山内玲子訳(1991)『イギリスの妖精』― 筑摩書房
- キャサリン・ブリッグズ著/井村君江訳(1991)『妖精の国の住民』― ちくま文庫