妖精データベース
メリュジーヌ
Illustrator : 白野アキヒロ
- 名称 メリュジーヌ(Melusine)
- 分類 蛇女の妖精、竜の妖精
- 生息地 町、森、泉や湖のほとり
- 特徴 蛇の尾を持ち、竜の翼で飛翔する
- 体長 人の女性と同程度だが、長い尾と両翼を持つ
蛇竜の姿を持つ娘
メリュジーヌとは―竜の翼を持つ半蛇の妖精―
メリュジーヌの印象を一言で表現するならば、儚げな美女。
透き通るような歌声を奏で、見事なダンスを舞うこともできるが、人前で自慢げに披露したりはしない。
そんな彼女の本当の姿は、下半身が蛇の形をしており、背中には竜の翼を生やしているというものだ。
普段は人間と変わらない姿のメリュジーヌだが、毎週土曜日だけは半人半蛇の姿になってしまう。この姿は、忌まわしい呪いによるものであった。彼女にかけられた呪いとは、蛇の下半身や竜の翼を人に見られてしまうと、永久に竜の姿で生きなければならないというものだ。
そのためメリュジーヌは、土曜日になると部屋に閉じこもり、誰とも会うことはなかったという。メリュジーヌはこの呪いをたいへん恐れていたため、土曜日以外の日でも、裾の長い服を選んで着ていたようだ。
古くから「メリサンド」という呼び名でも語り継がれてきたメリュジーヌ。フランスにおいてこの名前は、「人間と結婚できる女妖精」の総称として、または、「半人半蛇の女妖精」の種族名として使われることも少なくない。
しかしここでは、哀しい運命を辿ったひとりの妖精「メリュジーヌ」として紹介しよう。
悲恋の物語
メリュジーヌの恋の物語は、とても切ないものである。
フランス中西部のポワトゥー地方に、「レイモン」 という貴族の青年がいた。彼は狩りの最中に、おじを誤って殺してしまったことにより、家族の元から離れて暮らしていた。
自責の念に駆られながらクロンビエの森を彷徨っていたレイモンは、泉のほとりで戯れるメリュジーヌと出逢う。やがて恋に落ちたふたりは結婚を決意する。
メリュジーヌは結婚にあたり、次のような条件をレイモンに課した。 「土曜日だけは、私の姿を絶対に見たり、探したりしないでください。これさえ誓ってくだされば、貴方に幸福と繁栄を約束しましょう」
結婚生活は幸せそのものだった。献身的なメリュジーヌに支えられながら、レイモンはたくさんの財産を手に入れ、妻のためにリュジニャン城を築き上げる。さらにふたりは、10人の子供にも恵まれた。 しかし、レイモンはひとつの疑問を抱き続けていた。
「なぜ土曜日には、メリュジーヌに会うことが出来ないのだろうか?」
やがて、メリュジーヌが姿を隠す理由について良くない噂を聞いたレイモンは、ついに土曜日に隠れて沐浴していたメリュジーヌの姿を目撃してしまう。
レイモンが見てしまったメリュジーヌは、下半身には大蛇の尾が、背中には竜の翼が生えた異様な姿をしていた。「本当の姿を見られると竜になってしまう」という呪いをかけられていたメリュジーヌの体は、たちまち竜へと変わる。
彼女は嘆き悲しみながらレイモンに別れを告げて、住んでいた城から飛び立ち、どこか遠くへ行ってしまったという。
このように、空へと飛び去って行ったメリュジーヌであったが、リュジニャン城には育児のために密かに戻ることがあった。また、城主や子孫が亡くなるときにも、追悼のために城に戻っていたらしい。
ちなみに、メリュジーヌの子孫がフランス国王となったという伝承も存在する。子孫が治めた国を守るためだろうか、メリュジーヌは今でも、フランスの危機の際には人々の前に現れて警告を与えるという。
残酷な呪いに込められたかすかな希望
メリュジーヌにかけられた呪いは、実の母の手によるものだった。 メリュジーヌの母は、「泉の妖精プレッシナ(プレシーヌ)」だ。彼女は人間の夫である「エリナス王」と、「出産に臨む自分の姿を絶対に見ない」という約束を交わすことで、メリュジーヌと同じように人間と結ばれた。
しかし、王は約束を違えてしまった。誓いを破られたプレッシナは最愛の夫と別れ、生まれたばかりのメリュジーヌら3人の娘を連れて、妖精の世界へと戻らなければならなかった。
15歳になったメリュジーヌは、母を悲しませた父を懲らしめたいと望むようになる。彼女はふたりの妹と協力して、父エリナス王を 洞窟に幽閉することに成功した。
「これで母様の恨みが晴らせた」と安堵したメリュジーヌだったが、別れてもなお、王を深く愛していたプレッシナは激怒。3人の娘たちに呪いをかけたのだ。中でも、王の幽閉を扇動したメリュジーヌには、特に残酷な呪いがかけられた。
しかしこの呪いには、かすかな希望も込められていた。もしも、「土曜日のメリュジーヌの姿を見ない」という誓いを生涯守り続け、添い遂げてくれる男性と出会えたのならば、彼女は「平凡な人間の女性」として幸せに生き、人間と同じ長さの寿命を全うすることができたのだ……。
怒りにまかせてメリュジーヌをひどく呪った母プレッシナだが、心の片隅には娘への愛情が残っていたのかもしれない。
「見るなのタブー」の典型例
「見るなのタブー」とは、女性が男性に対して見られることを拒み、それを男性が破った結果、悲しい結末を迎えるという物語の類型のことである。
これは、世界各地の神話や民話などでよくみられるモチーフだ。 メリュジーヌの伝承も、メリュジーヌが「土曜日に一切の姿を見てはいけない」とレイモンと約束したことや、レイモンがそれを破ったため、メリュジーヌが竜となり去ってしまったことなどが、この「見るなのタブー」に当てはまる。
さらに、メリュジーヌの伝説は、それ自体がメリュジーヌ・モチーフ(メルシナ型)と呼ばれ、異類婚姻譚の一つのパターンとして認識されている。
日本であれば、「機(はた)織り部屋を覗いてはならないタブー」を破り、鶴が去ってしまった『鶴の恩返し』、「雪女と出会った過去を他言してはならないタブー」を破り、妻が出ていってしまった『雪女』、「玉手箱を開けてはならないタブー」を破り、老人になってしまった『浦島太郎』など、メリュジーヌの伝承に共通する物語を思い出すことだろう。
Tips
母プレッシナは、メリュジーヌの妹たちにも呪いをかけた。妹の「パレスチーヌ」は山に幽閉、父の財宝を一生守らなければならなかった。もう一人の妹「メリオール」は、城の中でハイタカの世話係を一生強いられた。
― 関連書籍 ―
- キャロル・ローズ著/松村一男監訳(2014)『世界の怪物・神獣事典』― 原書房
- キャロル・ローズ著/松村一男監訳(2014)『世界の妖精・妖怪事典』― 原書房
- 蔵持不三也監修/松平俊久著(2005)『図説 ヨーロッパ怪物文化誌事典』― 原書房
- ジャン・マルカル著/中村栄子・末永京子訳(1997)『メリュジーヌ―蛇女=両性具有の神話―』― 大修館書店
- 水木しげる(1985)『水木しげるの世界妖怪事典』― 東京堂出版